2002年1月の日記
2002年1月の日記
♪管理人の日々のできごとや、考えたことを掲載します。
♪芸能を実際に見てきての報告も、たまには載せます。
 あんまり資料的価値は期待しないでください
♪2002年5月17日、ようやく1月の日記を終了。
 と思いきや、1/14の石浜巡行が抜けてたので7/11追加
 つぎのお題は「2月2日 笛の講習会」。…懐かしい。


1月19日(土)
 宮古郷土芸能祭2002   
 宮古郷土芸能祭2002に行く。
 駐車場が会場から遠くて少し遅くなってしまい、入場するともう黒森神楽による"榊葉"の2人による連れ舞が始まっている。だだっぴろい舞台で神楽を演じるのは難しいことと思うが、体を存分に使ったこの舞いぶりは説得力がある。
 大浦さんさは、子供達が踊っており舞台用にマスゲーム的な構成がこらされている。本来的にはどういう形式で踊るのかわからないが、動きの特徴には盛岡近郊でいえば黒川・乙部系のセンスが入っている点が興味深かった。黒川でいうところの"庭ならし"に相当する演目のみが左回りの円で踊っていたのはなかなか新鮮。また、太鼓の囃子手たちが袴をはいて登場したのでどんな踊り方をするのかと思ってみていたが、結局は踊らないで囃子専門だった。それにしてもさんさ踊りを袴で踊ったら高舘系の剣舞みたくなってオモロいかもな、と思う。
 今回ご出演の鹿踊りはいずれもそれぞれに淡々としている。活きのいい鹿踊りも楽しいけど、こういうのもいい。なかでも印象的だった二升石鹿踊りの"鉄砲じし"は、猟師にいったん皆殺しにされたと思われた鹿の群れが、一頭ずつ復活していくというもの。最初の一頭が次の一頭を起こし、その2頭が継ぎの一頭を起こし、その3頭が…という具合に計8頭の鹿が復活する。「ただ寝たふりをしていた」なのか「奇跡がおきて再生した」なのかはよくわからないけど、鹿の家族っぽい雰囲気がとてもOKだった。
 八戸えんぶりはチラシの写真に載っていた中居林組(長えんぶり系で、とりわけ八戸でも取締りえんぶり組と呼ばれる、格の高い組)ではなく妙組。これはこれでどうさい系の中でも代表的な組。圧力の強い囃子にあわせて舞台ソデから行列で出てくる時点でかなりインパクトあり。恵比寿舞で観客がしっかり盛り上がるのも宮古という土地でやるからかもしれない。盛岡じゃこんなに盛り上がらないかも。
 山田太神楽は、いわゆる獅子舞に加えて、まつり行列の子供達が大量に登場する。そして、御神体を載せた屋台も舞台に出てくる。その瞬間に、前の席に座った山車好きのけんちゃん氏が姿勢を正すのが笑える。
 大宮神楽は、メンバーは鵜鳥神楽と同じ。演目は「榊葉」。今日は、お囃子もかなり気合が入っている。プログラムを見ると2名の舞手による連れ舞いだが、幕をくぐって出てきたのは白井で“信田の狐”を舞った女性一人のみ。そして、この舞手がとても勢いのある舞を見せる。会場がざざざ…と湧く。



 黒森神楽 岩泉町小本 岸 巡行   
 宮古のつぎは岩泉町小本へ。今晩は小本の"岸"という集落に黒森神楽が巡行に来るのだ。ちょっと風邪気味だけど、小本温泉に入ってから岸へ移動。頭がぼーっとする。
 岸の宿となっているお宅はとても風格のある建物で、座敷の中央にはいろりがある。私は黒森の宿神楽を見るのは初めてだが、とてもいいところで見られることを幸運に思う。隣に座った方は岩泉町岩泉から見にきた方で、神楽をこうやって見るのはとてもひさしぶりだとのこと。岩泉の神楽の話などを伺っているうちに、打ち鳴らしがはじまる。
 私は黒森神楽を見るときには大抵、囃子方から少し遠いところにいる。しかし、今回は囃子方が間近にいる。ので、胴取りのバチさばきが良く見える。"華麗なバチさばき"といったことではなく、胴取りのあり方としてとても意味ありげな動きが多いことを実感する。そして、唄も良く聞こえる。しみる唄だ。

◆今日の演目◆
 清祓
 松迎
 榊葉
 翁
 新岩戸開
 御神楽
 田中の地蔵
 山の神
 恵比須舞
 松づくし

 宿には岩泉町小本の中野七頭舞保存会の人々も見にきている。七頭舞のサイトの管理人でもある"ししょー"氏も黒森の神楽衆に入っているが、"ししょー氏"にとっては地元に近いところで舞うわけだから、緊張しまくるのだろうな、と思う。
 「新岩戸開き」は、「新」と着いているのでなにか亜流のような先入観をもっていたが、なんじゃこりゃ、という感じ。なんといういうか、ものすごく濃い。アメノウズメノミコトによる笹を手にする舞と、九字の印を結ぶ箇所が鮮烈だ。そういえば12月の神楽講座のあとの打ち上げで黒森神楽の"地蔵"氏が「新岩戸開きの舞と巫女舞の舞ぶりには同じ動きが入っている」という話をしていたが、なるほど、このことだったか。神話をさらっと読むとアメノウズメノミコトはオモロ系のキャラクターだけど、このうずめは違う。天照大皇神を引っ張り出すために必要なことが何であるか、ここにはっきりと描かれている。
 「山の神」は、"ししょー"氏が舞う。この方の「山の神」は初めて見る。思いのほか、押しの強い舞をする。七頭舞の人たちが「いーぞー!」とか「おりゃっ」とかかけ声をかける。みんなでこの場をつくってるんだなあ…という感じがして、涙が出てくる。
 恵比須舞は、中堅どころの方が舞う。この方が舞うのは久々とのこと。とっても重心が低い舞で、暖かかった。


1月14日(月)
 鵜鳥神楽 重茂 石浜巡行   
 到着すると、岩戸開の途中。
◆今日の演目◆
 岩戸開
 岩長姫(前半の女舞のみ)
 大蛇退治
 榊葉
 伊勢詣り(狂言)
 山の神
 天女
 恵比須舞

 “伊勢詣り”は、お布施を周辺住民からもらってくる…というような話。実際に道化役が客席に入っていき、菓子やミカンをみんなからもらって回る。
 また“山の神”の本地の唄いで頭がぼわーっとする。
 23時ごろ終了。
 神楽衆は明日は門打ちとのこと。帰りぎわに、ヤドの近所の方が間引きワカメを家にとりに帰って、お土産に大量にくださる。
   ワカメうまい   
 明日から出張なんだけど。


1月12日(土)
 山屋田植踊り   
 紫波町に山屋田植踊りを見に行く。私自身の興味に加え、今回は同行者を連れて行くことも大きな目的だ。その同行者は、大ヶ生山伏神楽の師匠。三番叟の名手でオモロ系のキャラクターなのだが、神楽の練習の合間にときどき"囃子舞"を口ずさんでいる。なんでも、その囃子舞は彼が個人的にあるルートを通じて習った山屋田植踊りのものなのだという。
 大ヶ生に通っていて面白いのは、こちらから様々な話題を提供した際に師匠たちから思いがけない昔話がききだせるところだ。今回も、山屋田植踊りの現物をいっしょに見ることで、さまざまな話をききだせるといいな、と思ったわけ。
 で、その結果きいたお話はあまりにも個人的な話題が多いので略。
 会場は、山屋公民館。会場にはぎっちりと観客が入り、立ち見も出ている。舞台脇には小正月のかざりである"ぜにもち"が飾り付けられている。
 踊りの内容については、想像とぜんぜん違っていて衝撃を受けた。山屋の田植踊りは何といっても早乙女の笠振りの写真をよく目にすることが多い。その写真がまた、ものすごく荘厳な印象をかもしている。ので、むちゃくちゃ難解で退屈するのではないかという恐れを持っていた。が、実際の内容は獅子舞あり、狂言ありでとてもバリエーションに富んでいて飽きる間がなかった。

◆今日の演目◆
 獅子舞
 前口上
 苗代拵え
 種まき
 仲踊り
 仲踊りと早乙女
 さなぶり仕度
 中口上
 御検分
 稲刈
 水見狂言
 升斗舞

 獅子舞は太神楽系のもの。太神楽系にしては重たさがあって、私の好みにはあう。種蒔きは大償系の神楽の翁にそっくり。これまたOK。そのほかに、今回は20年ぶりの復活演目として をやる。わりとリアルにかたどった馬が登場してぐるっと舞台上を一周しただけでひっこんでしまう。それから、狂言も久しぶりだそうだ。あんまりはっきりとしたオチがなくて、「それじゃー行くべー」という感じで登場人物がひっこんでしまっておしまい。さっきのお馬さんも狂言も、そういう不条理さがかっこいい。
 そんなこんなで、ホントにあっという間。もっと見たいなあ。復活演目をやった関係上、例年やるらしい三番叟などを見られなかったのは特に残念。"田植踊り"は小正月以外にはやる機会があまりないのかもしれないけど、もっと地元で見られる機会がたくさんあるといいなあ。



1月8日(火)
 鵜鳥神楽普代村白井巡行   
 7日からは通常どおり、勤務がはいる。今年は芸能ばかり見ていないで、仕事一本でバリバリやるぞー。
 今日は昼に盛岡の街中で会議。終わると14時ごろ。まだ正月あけて間もないから、事務所にもどってもそんなにこなす仕事もないしなあ。それにここって106号線に近いんだよなあ。
 そんなわけで、早退して普代へ。宮古で車のウインカーがつかなくなる。田野畑の菅窪あたりでおもいっきりスリップしてガードレールにこすりそうになる。
 道を尋ねながら、ようやく白井公民館に到着。ここは鵜鳥神社よりも北ではあるが、南廻りでも北廻りでも、毎年必ずやるという。ただし集落に不幸が無ければ、だが。

◆今日の演目◆ 打ち鳴らし 岩戸開 岩長姫(女舞のみ) 斐の川 おろち退治 榊葉 松迎 恵比須舞 信田の森(狂言) 舞い立ちの儀
 広い公民館にござを敷いているが、観客はわりとみんな後ろと両端に出したパイプいすに座って見ている。
 途中で、権現様にあげているシットギがみんなに配られる。一口大にわけてお盆に大量に並べられたシットギが権現様にお供えされていて気にはなっていたのだが、そういうことか。その場で食べる人、持ち帰る人など様々。
 今日は、前回「鞍馬」を舞ったあの女性は出ない。いっぽう、「榊葉」は高校生の女の子2人による連れ舞で、メンバーの豊富さを感じさせる。そして、「松迎」と「信田の森」の女(狐)舞に、やはり20代の女性が出演。この方は今回はじめて見る。が、そのしなやかさに驚かされる。まだ若き名人がいたのか。どうなってるんだ。
 11:00ごろ終了。雪がふりだし、川井村では10m先が見えないような状態で頭がくらくらした。



1月6日(日)
  鵜鳥神楽田老町樫内巡行   
 盛岡は不便だ。普代村からとっても遠い。何度も言うが、正月は"ぐてぇーっ"としていたい。今日こそ家でごろごろしよう。しかし、午前中うちでぐだぐだしていると、いつのまにか地図帳で田老町のヤドの位置を確認している。
 18:00ごろ、田老町樫内のヤドに到着。ヤドの旦那さまに挨拶すると、ご飯をすすめられる。「食べてきたので…」といったんは断るが、「食べてきててもまだ入るべ」といわれてしまう。卓上にはウニがうにうに動いている。…いただきます。派手な絵柄の御札が何枚も貼られた立派な神棚を見ながら、ひととおりご飯をいただく。座敷には10人ぐらい集まっている。みんな鼻っ柱に白いお化粧をしている。今日は15:00ごろからシットギ舞い込みがあったとのことだ。
 食い終わると部屋の隅の方のいろりばたにいる年寄り方から呼ばれて、「何者か…」といった類のことをきかれる。いろいろと話をきいてうちに、大旦那さまらしき方が見えたらしいので席を移る。いろりばたの、旦那様の場所にお邪魔してしまったので…。みなさんもいろりのある家にいったら、座る場所には注意しましょう(地域や家によっても違うみたいなので、要注意)。
 18:30ごろから神楽がはじまる。観客は40人ぐらい。

◆今日の演目◆
 打ち鳴らし
 松迎
 岩戸開
 岩長姫
 榊葉
 小山の神(狂言)
 松迎
 山の神
 恵比須舞
 鞍馬

 昨日とは演目ごとにメンバーを若干入れ替えている。「気に入ったなら追っかけてみるといい」とすすめてくれた方の娘さんも榊葉を舞う。足音をさせずにものすごく軽く舞っており、才気を感じる。
 「小山の神」は下ネタ炸裂。鉦すりの高校生の女の子たちは最初は恥ずかしそうにしてたが、あまりにもナマナマしいネタを連発するので、しまいにはわけわからなげな表情で見ていた。
 「鞍馬」は、きのう榊葉とショシャ舞を舞った20歳の女性が演じる牛若丸が、弁慶と戦うというもの。途中で、牛若丸と弁慶が胴取りの太鼓を奪って投げたり振り回したりする。りりしい牛若丸が勢いあまって太鼓を柱に"ごっ"とぶつける。一瞬、牛若丸が照れ笑いをして女の子の表情になる。
 11:00ごろ終了。鵜鳥神楽は再び北上して、つぎは8日に普代の白井に宿をとるという。



1月5日(土)
 鵜鳥神楽舞立ち 鳥居巡行   
 去年はいろんな芸能を見た。だけど今年はほどほどにしたい。だいたい、民俗芸能というものは本来はそんなに広い地域の人間を対象に演じられるものではないはずだ。それをわざわざ何十kmも車をとばして排気ガスをまきちらして毎週のように見に行くというのはまったくもって不自然。しかも一年に数回だからありがたみがあるはずのお祭りも、毎週のように見にいったのではありがたみ半減。ハレとケのメリハリがなくなってしまったら生きるうえでの節目も失っちゃって、ろくなことにならないよ。
 しかし、今日は鵜鳥神楽の"舞立ち"を見に行く。せめて正月は"ぐてぇーっ"としていたいのだけど、すてきなおまつりのけんちゃん氏を誘ってしまった以上、いまさら中断というわけにはいかず、だるいなあ、と思いつつ出発。日詰のけんちゃん宅に8時ごろ着。それから盛岡にもどり、雪道がこわいので宮古経由で普代村の鵜鳥神社へ。道が混んでいたこともあり、12時すぎに到着。舞立ちは11:00からなのだが…。
 とりあえず神社にお参り。奥の宮はちょっと山道をのぼっていった先にある。雪道。のぼりはいいけど、くだりはずるずる滑る。お参りを済ませて下ってきたが、結局、神楽衆には出会わなかった。もう終わっちゃったのかなあ。けんちゃん氏が破魔矢をほしいというので、別当さんらしき隣のお宅へいく。旦那さんは別当さんで、前の宮の拝殿内に案内してくれる。縁起物関係が大量にある。それぞれ縁起物を買い求めると、「休んでって」といわれるので、ご好意に甘えることにする。別当さんのお宅の広間に通される。神楽衆の皆さんが食事中。私達も食事をいただくことになってしまう。むちゃくちゃ肩身がせまいが、旨い。ズイキのクルミあえとか、腹子とか…。
 さて、残念ながら舞立ちは終わってしまったとのこと。まあ、この立派な神社を見られただけでも良いか。けんちゃん氏は神社の雰囲気がとても気に入ったそうで、「いやー、これだけでも見に来たかいがありました」と言っている。と思いきや、18:00ごろから、この少し下の"鳥居"という集落の公民館で神楽を舞うという。それまで舞っているのもなんだし、それを見ていると夜もかなり遅くなってしまう。だからさっさと帰ろうかとも思うけど、遠路はるばるつきあわせたけんちゃん氏に申し訳ないから、待つこととする。
 「休んでけー」という別当さんの言葉をお断りして、普代の町にくだる。図書館で神楽の資料を見たり、吹雪いて何も見えない黒崎海岸にいったりして時間をつぶす。
 日が暮れて暗くなったので、どんどん降ってくる雪ですっかり白くなった道を、鳥居集落めざして走る。18:00、鳥居公民館着。まもなく神楽がはじまる。観客は30人ぐらい。囃子手がみんな、幕の方をあけて半円上に舞台中央を囲むように座る。若い女性達も着物に羽織で参加している。家族のような雰囲気だ。太鼓の音が鳴り出す。なんだか弱い音だな。しかも単調なリズムのくりかえし。と思ってみていると、いつのまにかものすごい音圧になっている。鉦の音もどんどん増してくる。胴取り(太鼓を打つ人)は、鉦、笛、幕、太鼓をそれぞれ誉めていく。唄がしみる。

◆今日の演目◆
 打ち鳴らし
 岩長姫(後半の宝剣奪還の闘いも含む)
 榊葉
 綾遊
 女卸(狂言)
 松迎
 山の神
 勢剣
 恵比須舞
 舞立ちの儀・身固め

 あまり幕間の休憩をおかずに、どんどん進んでいく。
 実は、私は「鵜鳥神楽は子どもの舞が多くて…」という前評をきいていた。 しかし、今回の演目でいうと子供が舞ったのは勢剣のみ。小学生が舞ったが、これはこれで洗練されていた。で、他の演目については高校生から20代前後の若者、それから40代以上のベテランが舞うという感じ。
  高校生も、しなやかさをよく発揮している。これは子供の踊りではない。岩長姫の女舞は高校生の女の子が舞うが、「女の子だからうまい」じゃなく、「いい女舞」だと感じさせるものがある。
 山の神では20代の若手男性が舞う。幕出が長い。なかなか舞手が出てこない。幕の下から激しい舞を踏む足だけが見える。じらしまくる。観客わきまくる。舞台に山の神様が出てくる。山の神様が神饌(米)をとばしまくる。客席からおひねりがとびまくる。それが、「じょうずだからおひねりあげます」ではない。おひねりをあげたあと、ばあちゃん達がなんべんもなんべんも拍手をうって礼をしている。山の神様へのお賽銭なんだなあ。
 直面の舞に移るあいだ、山の神の本地を囃子手たちが唱する。他の神楽でも同じような内容の唄いはあるらしいが、ここではゆっくりでっかい声でみんなで唄うから、内容がよくわかる。この御本地によると、山の神様の12人の子が「太郎は子、次郎は丑、三郎は虎…」と、干支に対応しているらしい。いい唄だー。体が熱くなるー。
 最後の舞立ちの儀は「ショシャ舞→権現舞→権現様による観客全員の身固め→宿の玄関での権現舞」という順に行われる。ショシャ舞では20代の女性が舞う(日中は成人式に出てきたらしい)。この方は榊葉も舞ったが、かなりかっちょえー。高校生の女の子たちは紫っぽい留袖を着ているが、この女性は他の神楽衆と同じく、黒い着物に羽織。その姿がまず良いし、動きも雑味がない。 なんだか前評とちがうぞ。若い女性の舞手がただの"踊りがうまい人"じゃなくて、きっちりと神楽の担い手という雰囲気をかもしている。
 帰りぎわに胴取りの方に改めて挨拶をすると、明日は田老のヤドで神楽をあげるとのこと。今年は南回りの年で、1月〜3月とかけて山田あたりまで南下していくという。「ただいま神楽の修行中」の娘さんといっしょに見にきていたお父さんが「気に入ったなら、おっかけて見てったほうがいいよ」という。見たいけど、それでは体がもたん。23:00ごろ終了。雪道をゆるゆる走って、3:00ごろ盛岡着。



1月3日(木)
黒森神楽舞初め   
 黒森神楽の舞初めを見に、宮古市山口へ。黒森神社にお参りをすると、まもなく神楽衆が参道を囃しながら上ってくる。火を炊いている小屋の中にいるばあちゃんに話を伺う。この方のお宅は宮古市近内で、黒森神楽の南廻りの神楽宿をやっているという。ご本人は今でいう小学校4年生のときに遠足で黒森神社に来て以来、ずっと黒森さまに縁があるとのこと。今のようにクルマで一走りなんて考えられない…という。アイオン台風のとき、山田線が止まってしまって、松草から歩いたもんだ…。昔は米なんてそうそう食えるもんじゃなかった。ただ正月の餅は、じいさんが炭焼をやっていたので、その炭を町に売りにいって米を買ってきてつくった…。など、いろいろと話をうかがう。
 舞立ちの神事のあと、山口公民館に下る。公民館前で、シットギ舞い込み。観客はみんなシットギを額につけてもらう。私もつけてもらい、みんなの仲間いりをした気がしてうれしくなる。
 「松迎」は、盛岡の「かぐら講座」と同じ顔ぶれで舞う。そのとき初めて見てかなり良いと思ったけど、今回はさらに良い。待つ迎えわりとゆったりした(あくまでも"見た目"だが)舞いなので、2人の舞手の動きをあわせるのが大変らしいのだが、今回は前よりもぴったりあっている。とはいえ、舞は囃子にあわせる要素も強いわけだから、これは単純に舞手どうしの関係がどうこうというよりは、囃子手を含めた全体がよりきっちりと合うようになったということなのだろうと思う。そして、今回の「松迎」は"かぐら講座"のときとはすこしちかって、最後のほうが一人舞になる。何でだか知らんけど、涙が出てくる。よくわかんないけど、基本的であることの尊さを感じる。
 神楽終了後、直会に同席させていただく。山口の方々はこうやってよそ者にもいつも親切にしてくださる。ほんとにありがたいことだと思う。



2002年1月1日(火)
稲毛浅間神社十二座神楽   
 せっかく帰省したのだから、地元の芸能も見たいぞ。しかし、正月というのは関東の芸能はあんまり無い。やっぱり秋祭り中心の地域なもので…。というわけで、ヒマヒマな正月というのがこの数年の定番だった。 ところが、当サイトからもリンクしている「 kameのページ中の 」元祖"芸能ごよみ"を拝見したところ、正月の関東は芸能だらけ。どれにしようか迷ってしまうが、まずは関東を代表する神楽"十二座神楽"を見たい!なかでも時間的に見に行きやすそうな「浅間神社神楽」を見に行くことにした。
 千葉県千葉市稲毛区に浅間神社はある。家からは電車で2時間弱。って、あんまり地元じゃないじゃん。神楽の開始は13:00。20分ぐらい遅れて神社に着くと、鳥居の前から周辺の歩道にかけて延々と行列になっている。こりゃかなわんので、脇道から入って奥にすすむ。神楽の囃子がきこえてくる。ふだんはできるだけ動かないでいたいモノグサな自分も、こういうときは走る。
 神楽殿では"岩戸開"の上演中。楽器は鋲止めの大太鼓、〆太鼓をそれぞれにタテ打ち。それと笛。12演目あるから十二座神楽というのだが、今回はそのうち8演目を演じる。いずれの演目とも、正方形の四辺と対角線上を移動する動きが中心。繰りかえしがとても多い。きちんと四方をきっているということだろう。昂揚感とかはそんなに無いんだけど、あまりむつかしいことを考えずにできるだけぼーっとして見ていると、だんだん気分がよくなってくる。

◆今日の演目◆
 天岩戸開きの舞
 猿田彦命の舞
 五穀豊穣の舞
 神功皇后 安産子育ての舞
 事代主命の舞
 大国主命の舞
 須佐之男命 大蛇退治舞
 お囃子の舞

 芸能マニアっぽい人々10名あまりと参拝客30名あまりが常時みまもるなか、淡々と進められる。たいていの人は一演目を見たぐらいで早々に逃げていく。というのも、すぐそばでは古くなった縁起物を燃やす火が焚かれていて煙がたちこめているから。どうでもいいけど、目玉がでかいとススが入って困る。
 内容が内容だけに観客の反応もあまりないのだが、餅まきの際には、特に前触れもないのに直前からなぜか観客が異様に増え、餅がまかれると同時にみんな暴徒と化す。どこの地方もこればかりは同じだなあ。
 最後の演目「お囃子の舞」だけは、それまでとはうってかわって、ひょっとこの舞。子どもの頃、地元のお祭りでは山車の上でこういうのが踊られてたなあ。あれはなんだか怖かったよなあ、などと思い出す。









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