5月の日記
5月の日記
♪管理人の日々のできごとや、考えたことを掲載します。
 芸能を実際に見てきての報告も、たまには載せます。



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2001年5日28日(月)
  近頃の若いもん
 今日は三本柳さんさ保存会の練習日。
 前回に続いて今回も岩手大学民俗芸能サー クル“ばっけ”の新一年生を車に乗せてい く。
 今年は現時点で十数名の新一年生が“ばっ け”に入ったという。それだけの人数がいる と、保存会の練習を見に行くといっても、一 回では間に合わない。そこで前回と今回の2回 に分けて連れて行くことになったそうだ。つ まり、前回と今回では新一年生のメンバーが 違っている。
 今年の新一年生と話していて特に感じるの は、ほとんどの人が「民俗芸能が好きで、そ れを踊りたいから入った」ということではな いらしいことだ。まあ、それは当然かもしれ ない。しかし岩手大学という大学の性質から して東北地方の出身者が多いのだが、みんな それほど地元の芸能を知らないし見たことも ないという。
 そしてもうひとつの特徴は女性が圧倒的に 多いということ。男性は2人だという。
 その男性のうちの一人、Y君が、今回の保 存会の練習に参加した。
 Y君は新一年生の中では例外的に、明らか に民俗芸能が好きで“ばっけ”に入ったとい う人。県内の出身で、これまでにも県内各地の お祭りを見歩いているとのこと。
「やっぱり芸能は門うちが一番いいです。門 うちということで言えば、岩手町ですね。沼 宮内、川口。七つ踊りとか駒踊りとか、いい ですよ。狐踊りも、衣装のインパクトがすご いし、お囃子もかわいくていい感じです」
…これは私ではなく、Y君の言葉だ。



2001年5日26日(土)
  桜山例大祭
 盛岡市桜山神社の例大祭に行く。芸能 ごよみにも掲載したが、芸能もりだくさ んのお祭りだ。…というのを知ったのは 今年が初めて。これまで見ないで損してた。
 13時少し前に着く。13時から石鳩岡神楽 の奉納。が、どこでやるのかよくわからな い。知り合いに案内されて、ようやくわか る。話には聞いていたが、本当に社殿でや るらしい。社殿で舞うということ自体は珍 しいわけではないが、参拝客がひっきりな しに来ているので躊躇してしまった。
 みかぐらに続いて鳥舞・翁・三番叟・八 幡・山の神・岩戸開きの裏舞…と式六番。 続いて笹除り・天降り。最後に権現舞で終 了。思いのほかたくさん見られた。動きが きっちりしていることや音がいいことなど に加えて、間近で見られるので“場”に身 をゆだねることができる。一昨年に行った 早池峰神社の宵宮では観客の頭ごしに遠く から眺めるだけだったのでそれほど良い印 象がなかったのだが、今回改めて岳流の神 楽の良さを実感できた。加賀野大日如来の 岳神楽の奉納もなんとか見に行きたいと思 うようになった。
 今回見た演目の中でとりわけ印象的だっ たのは“翁”。これまでは「翁=眠い」と いうものだと思っていたが、この“翁”は 違っていた。“眠い”と感じたのは舞の動 きがないように見えたからだったのだが、 今日は逆に動きの繊細さに眼を奪われた。 翁には翁の動きがあるということがわかっ た。
 終了後、石鳩岡のみなさんの直会にもお 邪魔をさせていただいた。 石鳩岡神楽のHPの管理人さんはじめ、 保存会のみなさんにたくさんのお話を伺う ことができた。
 直会がお開きになった後、社殿で大宮神 楽の奉納を見る。こちらは盛岡市内の神楽。 演目は「みかぐら」と「山の神」。私は途 中から見ることになったが、この前にもう 一演目あったらしい。盛岡は過疎というこ とはないが、旧来からの地域社会のあり方 が変化してきていると言う点では、他の地 域と同じく芸能の伝承が難しい地域である。 その点、大宮神楽は高校生が笛を吹いてい た。民俗芸能は囃子から廃れることが多い ので、若手に囃子を任せるというのはいい 判断だ。
 大宮神楽と並行して、外ではさんさなど が演じられている。大宮神楽の終了後、外 で“上砂子沢鹿踊り”と“山岸獅子踊り” を見る。とりわけ山岸獅子踊りは、独特の 渋い色合いの装束が夕暮れ時の薄暗い中、 いい感じを出している。
 直会の酒がだいぶ回って、ひと通りお わった後は頭が朦朧としていい気分になっ ていた。今年は例年になく若い人が見にき ていたとのことだが、こういういいお祭り にはもっともっと若い人たちを連れてきた いものだ。


2001年5日17日(木)
  手首
 民舞研盛岡支部の例会。前回に続いて 南部よしゃれを習う。だいぶ体が慣れて きて、動きが体から出てくるようになる。 改めて左手の動きに注意してみる。前回 の練習では「手を放り出すような動きは 放り出す始点の位置が肝要」という話に なったが、今回改めてやってみると、ど うもそれだけではない。むしろ「手首に 力が入りすぎている」という、より一般 的なところに問題があったようだ。意識 的に手首の力を抜きまくるようにして、 ようやくマシな動きになる。
 練習時間が中途半端に余ったので、久 々に“津軽じょんから”を合わせてみる。 通してみると、いくつか忘れている箇所 がある。せっかくよしゃれを覚えかけて いるのに、一進一退だ。そろそろ踊りの 容量がいっぱいになっているのかもしれ ない。






2001年5日21日(月)
  夏近し
 三本柳さんさの練習。
 今日も問題点続出。
 「ぐっと伸びた後、腰を落としてまた 伸びる」という動きの際、私は腰が「く ねっ」と横に動いてしまう。これについ ては以前から自覚はあったのだが、やは り突き当たってしまった。「腹筋がない から」とか「幼少のころにマイケル=ジャ クソンの真似をしすぎた」とか言い訳は あるのだが、とにかく直さねば。
 それから、“七拍子”の動き。「ラジ オ体操の、上半身をぐるーっとまわす動 きの要領で」といわれた。私はたしか「 トンネル掃除」という呼称で習ったあの ラジオ体操の動きである(文章でいうの は難しい…)。しかし考えてみると、私 はラジオ体操を真面目にやったこととい うのがない。そんなわけで、この動きも 今後の課題。
 そういった遅々とした歩みとは関わり なく季節は移ろうわけで、早くも夏の予 定について打ち合わせがあった。盛岡さ んさ祭りの“伝統さんさ競演会”と、北 上の“みちのく芸能まつり”に三本柳さ んさも出場することが決定。競演会の方 は仕事の都合がつかなそうだが、芸能ま つりは出られるようにしたい。出演する と他の芸能をほとんど見られないのが残 念だが…。



2001年5日20日(日)
  地元のお囃子
 いろいろと成り行きがあり、今日は“中 野七頭舞”のお囃子を地元(岩泉町小本) の方々に教わる(“成り行き”の中身はや やこしいので省略)。当初は小本に習いに 行く予定だったが、わざわざ盛岡まで教え にきてくださることになった。
 私は笛を習う。七頭舞の笛は6穴のものを 使う。ただ、7穴の笛と兼用したいので、だ いたいの人は第1穴をテープでふさぐ。が、 テープを貼ったりはがしたりを繰り返すと、 塗料がはげたりノリが汚くついたりしてく る。そこで、私はいつも第1穴を左手人差し 指でふさいで吹いている。ただ、今日は地 元の方に教わるのでテープを貼って6穴にし て吹く。
 …とまあ、要は「久々に6穴で吹いたので 運指がおぼつきませんでした」ということ。
 が、それは言い訳。実際は、メロディー を間違えて覚えているところやうろ覚えのと ころが多いことのほうが問題だった。
 民俗芸能を習うときに 「地元でも細かいところはあいまいだから」
とか
「それっぽい雰囲気が出ればいいんじゃない」
という話は良く出る。ただし、いくらあい まいな芸能の場合でもある程度のスタン ダードはある。それに、その地元で暮らして 長年その芸能とつきあっている人が身に付け ている雰囲気とよそ者が表面的にとらえてい る雰囲気というのは差がある。そんなわけで、 細かいコトを言い出せばきりがないんだけれ ども、「改めて笛の練習をきっちりしなきゃい かんな」と思った。


2001年5日17日(木)
  始点終点
 民舞研盛岡支部の練習。
 南部よしゃれを習う。3番・4番の型を改 めて確認して、ようやく通して踊れるよう になった。まだ三味線が刻むビートにのせ らるだけの段階なので、そのうち囃子なり 唄なりのメロディーにのせられるようにし ていきたい。
 南部よしゃれは甚句系の踊りなので、手 を前後に出したり引いたりする動きが多い。 加えて、私たちがやっているよしゃれ(雫 石町長山の年寄りから習った)の場合は、 放り出すような手の動きに特徴がある。
 しかし、この「放り出すような」という のが難しい。この美的感覚からすると、他 の手踊りで「手先が流麗できれいね〜」と 言われるような人の動きほどうまくないこ とになる。私もなんとか右手はそれっぽく できるのだが、左手がガチガチに固まって いてとても気分が悪い。
 そこで先生の型と自分の型を鏡でよくよ く見比べてみた。伸ばした手先の行く先は 右手も左手も同じ。ということは体の内的 な“力み”の問題か?だとすればなおすの が面倒だな…と、気が重くなる。
 が、さらによく見てみて、ようやく気が 付いた。右手に比べて、左手のほうが手を 投げ出す位置が顔より遠くなっている。つ まり、左手の方が投げる距離が小さくなる ということ。そこをなおして左手をより顔 に近づけてから投げ出すようにすると、い くぶん良くなった。これまでは「手を放り 投げるように…」というときに放り投げた 先の「終点」の位置ばかり気にしていたが、 どうやら「始点」の位置も重要らしい。こ れは踊りの指導に使えそうだ。
 しかし左手がそこまで顔に近づくと、な んだか顔に当たりそうで怖い。自分の体な のだが…。ここらへんの感覚はやはり踊り こむ中で改善していくしかないようだ。



2001年5日14日(月)
  体力
 三本柳さんさの練習。
 今日もずいぶんと基本的なことを注意され る。「もっと腰を落とすこと」「もっと手を 大きく振ること」「もっと体をひねること」 「…といっても、骨盤はひねっちゃいけない」 「胴体の側面の微妙な曲げと腕の振りとを 連動させて“しなみ”を出すこと」「…と いってもそんなに肩がグラグラしないこと」
 いろいろと指摘していただいたが、自分の 場合はそれらの動きを維持するだけの体力が まず必要だ。


2001年5日13日(日)
  晴れ
 寝坊した。今日は町内会で近所の公園を掃除 する日だったのに…。
 まあ、近隣の方々も私のようなアパート住ま いの者にはあまり町内会活動への参加を期待 してはいないらしい。総会の案内もこないし、 以前は頻繁に来ていた回覧も近頃は来ないこ とが多い。しかし日ごろから“よりミクロな地 域のコミュニティーが重要だー”などと言って いる手前、何もしないのはどうも心苦しい。
 ともあれ、寝坊したのは仕方ないので、代わ りにアパートの前の道路でも掃除することにす る。そんなこともあろうかと、ホウキをきのう 買っておいた。
 だが、まずは部屋の掃除だ。何事も足元から 始めることが大事。そこでまずは、きのう紺屋 町の中古品センターで買っておいた長机を車か らおろして部屋に入れる。レコード台として 買ったものだ。これまではダンボール箱で代用 していたが、この長机さえあればいくらこすっ ても針飛びしないはずだ。
 ところが、置こうと思っていた場所に長机が 入らない。寸法を間違った。仕方ないので、大 幅に部屋を模様替えする。PC机と本棚を移動。 いったんPCは分解し、本はすべて床におろす。
 そうこうしているうちに14時ちかくなる。七 頭舞の練習に行かねば。足元を固めるどころか、 足元からすべてが崩れていく。


2001年5日10日(木)
  手踊り
 民舞研盛岡支部の練習。今日は南部よしゃ れを教わる。4拍子に分解できない手踊りは 覚えるのが難しい。


2001年5月7日(月)
  “跳ねる”とは
 久々に三本柳さんさの練習。仕事の都合 やら連休やらで3週間ぶりだ。あきれるぐら い体が動かず、われながら驚く。
 今日はまず最初に動きの注意。私は「“跳 ね”ができていない」と注意される。跳ねる というのは、軸足のつま先が下を向くように 足首を伸ばしきること。膝も同時に伸ばしき る。そして、つま先は一瞬地面から離れるこ と。私は足首を伸ばさないで踊っていたので、 早速その点を注意して踊ってみる。
 そうとう意識を足に集中すると、なんとか 跳ねることもできる。しかし手の動きや腰の 動きも随時注意されるので、そうするとまた 跳ねなくなっている。
 休憩のときに改めて注意を受ける。なんで も、「跳ねたあとの着地がぎこちない」との こと。
「跳ねる→着地する→ひざを曲げて腰を落とす」
という一連の動きが本来は連続してスムーズ におこなわれなければならない。ところが私 の場合は、それぞれのパーツの間に体が固ま る瞬間が入ってしまっているらしい。
 そこで、今度は着地に注意して練習。する と、どういうわけか“跳ね”がこれまでより もずっとやりやすくなる。なんでそうなるの か詳しい分析はまだしていないが、実感とし て明らかに違いが出た。
 そんなこんなで、「新しい踊りを覚える以 前にまずは基本的な動きを再検討しなきゃな」 と痛感させられた練習だった。同時に、「本 人以上に相手の体のしくみをよく見て適切な アドバイスを随時していく師匠さんたちはすげ え」と改めて年季の違いを思い知らされた。


2001年5月6日(日)
  山根神楽
 久慈市山根の“水車まつり”に行く。 山根は湧き水・清流が豊かな山村の集落。 88年にその一角に水車小屋を復活させ、 同時に産直の施設などもつくった。ここで は毎月の産直市が開かれるほか、春と秋に は“水車まつり”が開かれる。
 山深いところにもかかわらず、開会の10 時をすこし過ぎたあたりに着くと、もうす でに客が100名前後きている。みんな、食 べ物がめあてらしい。というのも、地域的 に塩運搬のための交通の要所だったことと 米作が困難だったことなどから独自の食文 化がここにはあるからである。“ゆかべ” という寄せ豆腐の一種や、“うきうき団子” というぜんざい、“そば切り”、“やき しとぎ”などが売られている。また、直売 コーナーでは季節の山菜に加えて“凍り豆 腐”“ごど豆”“干大根”などの保存食も 売られている。会場内では随時、餅つきや 輪投げ大会も行われている。
 そして11時ごろから山根神楽の奉納。14 時から演じられた午後の部とあわせると、 この日は「庭永姫」「日本武尊」「権現舞」 「岩戸開」「山の神」「恵比須舞」と、思 いのほか多くの芸能を見ることができた。
 この神楽の方々が、最初に特別披露とし て「南部郷手踊り」というものを踊った。 音はカセットテープを使用。三味線にのせ た唄にあわせて、着物を着た男性が番傘を 手にとって踊る。このシチュエーションか らして、「あー、いわゆる“民謡おどり” だな」と私は思った。しかし動きを見てい るとどうも足を蹴り出す動きが多い。手の 動きや体の返しもきびきびしている。“南部 郷”とは題しているが、津軽の手踊りに近い 印象をうける。神楽が土っぽい型を伝えて いるだけに、対照的な側面をもっている「山 根神楽」という集団の奥深さを感じさせら れた。


2001年5月5日(土)
  冬部で春の宴
 一戸町の冬部に「下冬部七つ物」を見に 行く。会場に着くと、今日は“七滝まつり” だとのこと。七つ物もその祭りの舞台で演じ られるらしい。近くにある「七滝」を見たり しているうちに12時になり、祭りがはじまる。  会場は河原の広場。特設の舞台の前に、鉄 板焼きのコンロを囲んでベンチが置かれてい る。
 周辺の先生方のご挨拶の後、まずは七つ 物のご披露。舞手は股引の上に短くはしょっ た着物をつける。たすき(背帯)の結び目が 真後ろでなく右肩側にずらしてつけられてい る。踊り手それぞれ、手に持っているものが 異なる。太刀、なぎなた、矛、弓矢、錫杖、 杵、ササラ。同時に、面をかぶった道化の役 も出てくる。道化役はヒモに通した古銭の束 をひきずっている。道具だけ見ると全国的に も有名な 中野七頭舞を連想するが、お囃子や動き などが異なっているので雰囲気はまったくちがう。 (七つ物は地域によって似ているものあり似 てないものありと様々らしい。一戸町内にも いくつかあるが、それぞれ芸態が異なるという)。
 お囃子はベテランの男性と若い衆。特に笛に 10〜20代の若者が入っているのは頼もしい。そ して演じているのはご婦人方である。そのため か足の踏みや跳ねよりは、手先のしなやかさが 印象的。また、何よりも、みんな楽しそうに踊っ ているのが良い。見ている人たちも宴会気分な ためか、まったり楽しい雰囲気が会場に満ちて いる。
 つづいて「しばしご歓談を」とのことで、町 長や助役のカラオケを聴きながら、みんな飲み食 いする。焼肉がどんどん焼かれていく。私は盛 岡から知人2人と共に来たのだが、よそ者の我々 にもどんどんお酌が回ってくる。山菜のてんぷ らや“はなもち”という串焼き餅を食べまくる。 私は運転手なので飲めなかったが、どぶろくも 振舞われる。お酌をして回っているばーちゃん は、町長の前では何度も何度もお辞儀して、そ のたびに徳利の中身をぶちまけている。飲んで ないのにぐらぐらしてきた。




2001年5月4日(金)
  元祖南部神楽
 住田町の天照御祖(あまてらすみおや) 神社例大祭を見に行く。3年に一度のお 祭りである。このお祭りでは神楽や鹿踊 りなど、数々の芸能が演じられるという。  4月24日の日記にも書いたが、私 は高校のころに住田町に隣接する陸前高 田市の神楽を習っていたことがあり、そ のルーツが気になっていた。そこで、今 回のお祭りでも目あては神楽。もちろん 神楽以外にもいろいろと見たので、項目 ごとに以下に挙げておく。

★ 全体の雰囲気
 住田町の中心部"世田米(せたまい)" の通りを歩行者天国にしておこなわれる。 天照御祖神社は中心部から少し脇にはいっ たところにあるが、そちらではあまり多 くの行事はおこなわれない。12時ごろ に祭りの中心である"巡幸"がスタートす る。これは大名行列や芸能・山車の行進。 通りを500mぐらい、随所で芸能を演じ ながらゆっくり行進して終わり。
 この地域の信仰のしくみはよくわから ないが、天照御祖神社だけでなく、地域 一帯の神社にとってもこの場がお祭りに なるらしい。そこで、ふだんは閉めてい そうな店を各神社の出張社務所にしてい る。各神社ごとにだいたい芸能がついて おり、神社名と芸能団体名の立て看板を 並べている。

★ 曲録・大名行列
 大名行列と神馬。曲録というのは神馬 だけの呼称か全体の呼称かはっきりわか らない。
 大名行列は、奴(やっこ)たちが独特 の歩き方をしてゆっくり進む。先頭の奴 だけ、ワラジを持って(足にもはいてい るのだが)地をするような動作をする。 秋田の"大日堂舞楽"や"えんぶり"に似た 動き。関係はないだろうけど。
 神馬には奴とは別の頬かむりをした男 達が10名ぐらいついて歩く。ところど ころで、行列を止めて唄をあげる。その 際には男達は神馬のわき腹に片手をつい ておさえる。唄は長いので、その間に神 馬はじゃーじゃー垂れ流し。

★ 権現舞
 獅子舞のような芸能。まわす権現様(獅 子頭)は山伏神楽のもののような形だが 、舞い方や囃子は沿岸の虎舞に似たよう な感じ。虎舞のジャラシのような役もつ く。「権現舞」と名乗る団体は4つぐら いでていたが、それぞれ舞い型や衣装が 異なっていた。

★ 鹿踊り
 太鼓系の鹿踊り。流しながら踊るためか、 2分ぐらいの短い動きを繰り返すだけだっ た。舞手一人一人が動きに工夫を凝らして いるようすが伝わってくるだけに、いずれ 時間をかけてゆっくり見てみたい。

★ 神楽
 小府金(こふがね)神楽が出演。4月24日 の日記で“A”として分類した神楽だ。熊 野神社の社務所で、60代ぐらいの保存会の 方に話をきいてみた。
 「演目は"しがく""したまい""権現舞"の 3つ。もともとそれ以外の演目はない。この 神楽は歴史は新しい。うちの爺さんが遠野 市小友町の長野というところから移り住ん できたときに、そこの神楽を伝えたもの。 その神楽は"南部神楽"だと爺さん たちからきかされてきた。今は長野の神楽 はなくなってしまっている。遠野は地域と しては早池峰神楽があるところなので、若 い者をつれて遠野や大迫に神楽を見に行っ たこともあるのだが、まったく型が違う。 江刺のほうにも見に行ったが、やはりどこ の神楽とも違う。だからうちが"元祖"とい うことだ」
 実際に見てみると、"しがく"は"幣(ぬ さ)"を持って舞い、"したまい"は扇をもっ て舞うが、足の踏み方はおなじ。いずれ も"ハカマ+襦袢"を着て鉢巻をした舞い手 が列をなして演じる。他の神楽の"しんが く"に相当するもののようだ。権現舞は沿 岸の虎舞もしくは太神楽の獅子舞のよう な雰囲気がある。これは早池峰神楽のなか でも特に遠野地域で"神人神楽"に対して"山 伏神楽"と分類される類のものなのか、あ るいはまったく別系統のものなのか?少 なくともセリフ神楽としての南部神楽で はないし…
 なんだか混乱してきたが、地元では「南 部神楽」と伝わってきたのだし、そこが元 祖だというのだから、結局はそのまま受け 止めるしかないのかもしれない。なんでも すぐに"〇〇系"と分類したがるヨソ者の悪 い癖をいさめられたような気がした。




4月の日記へ…