3月の日記
3月の日記
♪管理人の日々のできごとや、考えたことを掲載します。
 芸能を実際に見てきての報告も、たまには載せます。



4月の日記へ…


2001年3月30日(金)
  和賀大乗神楽
 北上市の和賀大乗神楽を見に行く。見に行くとい うよりは、この神楽に限っては「お祓いを受けに いこう」というような思いで足を運んでいるのが 実のところ。それほどに宗教色が強く、不信心な 自分でも信心してみようかと思わざるを得ないよ うな説得力をもった芸能だ。
 和賀大乗神楽は現在はあまり祭礼などでは演じら れない。まとまった演目をこなす場としては、北 上市和賀町のお寺で年に一回の公演をもっている。 今日がその公演にあたる。"公演"という名にふさわ しく幕間に解説もおり交ぜながら進めるのだが、 それ以上に、お寺の伽藍で天蓋の下に舞うという シチュエーションは"民俗行事"といった雰囲気を 強くかもしている。私がこの公演を見に行くのは、 昨年に続き2度目になる。
 今回演じたのは10演目ぐらい。女舞や、直面での 式舞などいろいろな演目があるが、いずれの演目 も演劇的なストーリー性は薄く、祈祷色が強い (天岩戸はやや演劇的だが)。九字などの印を結ぶ 点や呪術的な動作が多い。というと単調なものに思 えるかもしれないが、一つ一つの動きが複雑に計算 されているようで、これが見ている者の神経をも昂 ぶらせる。また、動きも鬼剣舞系の芸能のもとになっ ているのではないかと言われており、緩急があって 変化に富んでいる。そして演じている保存会の方々 がとても気合をいれている。
 それらの特長がもっともよくあらわれているのが "榊(さかき)"という演目。早池峰系の神楽をご覧 になった方には「"山の神"に通じるものがある」と 説明するとわかりやすいかもしれない。が、"榊"は "榊"で、独特である。一人の踊り手が前半は面をか ぶって、後半は面をはずして舞う。終盤で舞が激し くなったところで囃子がピタっととまり、舞い手は 鬼門の方を向いて宙に文字を書き(内容は秘伝)、 九字を切る…。
 私が和賀大乗神楽に注目したのは、毎年8月に北上 市で行われるみちのく芸能まつりで数年前に演じら れた"榊"を見たのがきっかけだった。その日はひど く暑くて、いくつかの芸能を続けて見ていて気分も ダレていたのだが、"榊"を見ているうちに暑さが気 分よくなり、かつてない覚醒感を感じた記憶がある。 しかし何回も見ていると自分のがわに馴れができて しまうものかもしれない。そこで今回の公演では以 前ほどの衝撃は感じないのではないかと覚悟してい た。しかし、杞憂だった。"正足""七五三切り"とい う前半の演目だけでも鳥肌モノだった。最後の"榊" ではなんとも言いようのない、よくわからない感覚 になった。一緒に見に行った岩手大学の学生やその OBも、正座して凝視していた。
 終了後に公演の打ち上げ(宴会)がおこなわれ、 私達も参加させていただいた。酒をくみかわしなが ら、保存会の皆様から大乗神楽の伝承活動のようす や精神的な面について様々な話をうかがった。話の 中でもとりわけ、「祈祷色が強い神楽」という点に ついて保存会の皆さんがかなりのアイデンティティ をもっていらっしゃることが印象に残った。
 打ち上げが終わると夜8時過ぎ。公演の中身にも、 打ち上げでの話にも魂を揺さぶられた一日だった。
 さて、この神楽・公演についてはぜひ多くの人に おすすめしたい。しかし、公演とはいえ、地域の大 事な行事だという感じがするし、メディアに載せて しまうのは不謹慎にさえ思える。そこで、芸能ごよ みには載せなかった。岩手日報の"週末ガイド"のよ うな欄には載っていたけれども、やはり"みちのく 芸能ごよみ"には今後も載せないかもしれない。ただ、 民俗芸能好きの他県の皆さんも、みちのく芸能まつ りに行ったら諏訪神社で演じられる和賀大乗神楽 は逃さず見てほしい。「芸能まつりでは真価を 伝えきることはできない」と保存会の方も言って はいたが、それでもなお間違いなく伝わるものが あるはずだ。

 (なお上記の文章は保存会の方々に配慮して、あえ て詳細を省いていている)






2001年3月25日(日)
  “見前町田植踊り”“山岸さんさ踊り”
 盛岡市平成12年度映像記録事業の“見前町田植踊り” “山岸さんさ踊り”公開録画会を見に行く。プログラ ムなどを芸能ごよみ “盛岡市平成12年度映像記録事業” に追加したのでご参照を。私はてっきり14時ごろで終 わるものと思っていたが、甘かった。終了時刻は17時 とのこと。私は15時から七頭舞の練習があるので、や むなく中ほどで退席することとする。
 見前町田植踊りは基本的には田植えの所作を踊りで 演じていく。一八(いっぱち)さんが土木系の作業を、 翁が種撒きを、早乙女が田植えから収穫・精米までを 担当する…という具合に分業している。が、それぞれ の芸の趣がかなり異なっている。ちゃらんぽらんな一 八さんが「じゃー、うちのジさまに種まきは頼んどく から」といって代掻きを終えると、次の演目では、 「見るからに神楽の翁」といった翁が種まきを始める という具合。この翁をジさま呼ばわりするのはさすが にヤバいんじゃないか、と気になってしかたなかった。 早乙女の傘ふりも優美かつ激しくてOK。それから、子 供達の踊りもよく音をきいている感じがして良い。盛 岡市内という身近なところにこんなに豊かな芸能があ るとはしらなかった。
 山岸さんさ踊りは学生のころから何回か見たことが ある芸能だが、近頃どんどん良くなってきている。た ぶん私の好みが変わっただけなんだろうけど。とくに 「サッコラチョイワヤッセ」で〆るいわゆる“さんさ” な演目でない、より手踊り的な演目が良い。羅刹鬼伝 説うんぬんではなく、盆踊りでも甚句でも周辺の芸能 はなんでも吸収していった総合芸術としての“さんさ” の本質がよくあらわれている。
 いずれの芸能も、こんどはそれぞれの地域の祭りで きちんと見たいものだと思う。




2001年3月24日(土)
 “びっきぃ”&“ばっけ”の公演@仙台
 3月4日に盛岡でも行われた“びっきぃ”&“ばっけ”の公演 “まつりの輪”がこんどは仙台で催された(3月4日の日記参照)。 盛岡公演では私はずっと楽屋にいたが、今度は客席から見るこ とにして仙台へいった。
 プログラム等は芸能ごよみ “まつりの輪” を参照。仙台公演も、 基本的には盛岡公演と同じない内容。ただ、仙台では最後の演 目「寺崎はねこ踊り」の途中で虎舞いが入る。これは岩手大学 “ばっけ”の会員に気仙地方出身の方がいて、この方が地元で 虎舞いをやっているのが縁でとりいれたもの。
 私も昨年の小正月にこの虎舞いを見に行ったのだが、そのお囃 子が確かに「寺崎はねこ踊り」のお囃子とよく似ている。そこ で、今回の公演で舞台に華を添える意味で虎舞を出すことにし たとのこと。虎の頭はその会員が地元から借りてきた。頭を振 るのは地元出身のこの方がやって、中足と後足はばっけの会員 が急遽おぼえたという。また、その地元出身の方のご家族が餅 をつくってきて、その餅を「はねこ踊り」の際に客席にまくと いうこともあった。
 「寺崎はねこ踊り」というのはこういった公演の舞台にあげる ととても“見せ物”っぽく見えてしまう芸能だと思う(地元で はもっとちがった雰囲気があることと思われるが)。それだ けに、今回の公演のプログラムをみたときにとても心配を感じ た演目だった。しかし「虎舞い」や「餅まき」が入ることで、 “見せ物”から一歩ふみだして観客と舞台が一体になって楽し める「はねこ踊り」の“場”がつくれたように思う。会場が大 きかったことなどもあって、そういった試みが充分に成功した とはいえないかもしれないが、そういった様々な努力が感じら れた舞台だった。広がりはじめた“まつりの輪”がさらに豊か な輪になることを願ってやまない。




2001年3月20日(火・祝)
 黒森神楽の巡行を見に…

 日記に書くにあたって、まずは簡単に黒森神楽の巡行につい て解説。黒森神楽は、冬のある時期に、沿岸地方一帯をまわっ ている。いった先の集落では、家々を回って庭先などで舞を披 露する。これを門うちといっている。そして、その集落の中で も格式があるお宅で夜に神楽を何演目も演じ、その晩はその家 へ泊まる。この家を宿という。…のだそうだ。黒森神楽の詳し いことについては神田先生の論文を参照。
 で、大槌町吉里吉里へ、若い者3名といっしょに黒森神楽の 巡行を見に行く。神楽衆の皆さんは朝から門うちをして回って いるとのことだが、私たちが着いたのは14時すぎ。昼食をとっ たりしてるうちに15時ちかくなってしまった。
 お囃子の音をたよりに神楽衆のみなさんをみつけてついてい く。門うちでは権現様(神様が宿っている獅子頭)を玄関先に 担いでいき、その前で舞い手が舞を納める。舞としては短いの だが、いっしょにいった連中ともども「すげーすげー」と感動 する。何軒かの家で門うちをみたあと、宿に到着。宿に到着す ると、まず舞を披露する「舞い込み」というきまりがある。宿 の方が保育園を経営しており、お宅も保育園に隣接しているの で、保育園の庭で演じる。神楽衆のみなさんが準備している間 に、庭にだんだんと観衆が集まってくる。みんな近所の方々の ようで、そのうち10数名ぐらいになる。
 今回は“シットギジシ”という舞で舞い込みをおこなうとの こと。この舞は全国的にも有名な“中野七頭舞”の原型といわ れている。シットギジシでは米の粉を水にといてつくったドロ ドロのものがはいった臼を庭の真中においてその周りを舞う。 このドロドロを“シトギ”という。舞いの終盤のほうで、その シトギを杵につけて、舞い手が観衆の額に塗ってあるく。私は 「頭がよくなるようにいっぱいぬっとくから」と言われ、額か ら前髪から真っ白にされる。逃げ惑う子供たちにも塗ってある き、みんなの額に白い印がつく。仲間に入れてもらえたようで、 良い気分だ。太刀と杵を持った舞い手の踊りに続いて2体の権 現様による舞が舞われる。その舞い手が火のついた木片(護 摩壇?)を踏み消す火防せ(ひぶせ)をおこない、みんな宿の 中にはいって終了。
 宿の旦那様に招かれて私たちも上がり、部屋の奥に祀られた 権現様に神楽衆のみなさんといっしょに礼拝をする。近所の方 々からは「泊まって明日の神楽も見ればいいのに」とありがた いお言葉をいただくが、早々とおいとまする。  帰りの道すがら、同行した人たちからはこんな感想が出た。 「踊りがとても洗練されていた…というのはもちろんだけれど も、雰囲気がよかった。 “舞台で踊りだけをやって終わり”っ ていうのとは違って、生活の中に息づいている感じがすばらし かった。みんなで神楽を守っている感じする。舞い手もまわり の人たちも楽しそうだった。もちろん自分たちも楽しかった。 また来たい」
 同行した人々はいずれも岩手大学の民俗舞踊サークルで知り 合った人たちで、その彼らからこういう感想が出たというのは 良かった。ぜひこんどは宿での夜神楽を拝見しにうかがいたい。

 最後に、宿や地域の皆様・神楽衆の皆様にはたいへんお世話 になり、ありがとうございました。




2001年3月18日(日)
  「ザ・太鼓」うちあげ

 仕事のあと、「ザ・太鼓」の打ち上げに参加させていただく。 飲み食いだけしに行くようで申し訳ない限りだが…。会場は平 野神社隣の明戸公民館。長時間の公演をこなすという大変な重 労働をこなした後にもかかわらず、皆さん多いにもりあがって いる。公演の詳しい様子はきけなかったが、年配の方々と話す なかで、様々なアドバイスをいただくことができた。着付けの ことや、基本的な足使い・手の使いなど、以前にきいたような 話も改めてアドバイスいただくと、できていないことが多いこ とに気づかされる。公演には参加できなかったが、まずは打ち 上げで学んだことをこれからの自分達の芸に活かしていきたい。





2001年3月17日(土)
  三本柳囃子舞

 明日は都南太鼓と三本柳さんさが主催しておこなう自主公演 「ザ・太鼓」。だが、私は仕事のため出られない。今日は直前 のリハーサルがおこなわれるので、手伝いにいった。少し早め に着いたので、太鼓の準備などを手伝う。太鼓のみなさんも、 舞台上の配置など、綿密な調整に余念がない。
 しばらくしてさんさの人たちが集まってからは、公演初参加 の会員に着付けのしかたを伝えたり、欠席者の代わりにリハー サルに入ったりする。いつになくみんなお互いのことを意識し あって踊っており、気分がいい。明日いっしょに踊れないのは かえすがえす残念だ。さんさの演目にも子供たちによるもの、 学生たちによるもの、輪踊りを中心としたもの、複雑な構成を 加えたもの…などさまざまなものがある。
 とりわけ今回のリハーサルで目をひいたのは“囃子舞”だ。雰 囲気としては田植え踊りの「たけのこ舞」と同系。他のさんさ の「たけのこ舞」とも同系。一人で踊るタイプ。三本柳さんさ の魅力というと「勇壮さ」「輪踊り」といった点があげられる ことが多いようだが、“囃子舞”はそういった見方からすると 「目からウロコ」な演目だ。独特の浮遊感があるし、なんとも おめでたい雰囲気をつくりだす。“生活の中に息づく芸能”と いった雰囲気が囃子舞によって、今日のさんさ全体に加味され た気がする。私のような新参者はまずは基本的な輪踊りをおさ えていくことが大事だが、いずれ囃子舞なども習得して“総合 芸術として生活に息づくさんさ”を皆さんとつくっていけると いいな、と思う。





2001年3月16日(金)
 新世紀の笑い

  盛岡市上の橋のギャラリー「彩園子」(サイエンス)で、 マンガ展という展覧会が例年開かれている。昨年はじめて見 てなかなかおもろかったので“次はいつかな”と思っていた ら、もうその時期とのこと(3月24日が最終)。で、きのう の日中、仕事の合間に寄ってみた。
 マンガ展には、一コママンガ風の小さな作品(絵画?)か ら数メーターに及ぶ造形まで、様々な作品を盛岡周辺の市民 が出品している。いずれもマンガという雰囲気にふさわしく 、何か“笑い”をよぶものになっている。
 今回のマンガ展のテーマは「21世紀」。昨年の内容をよく覚 えているわけでもないので、とりたてて今回の特徴が何とい うことがいえるわけではない。ただ、最初にざーっと見てみ て思ったのは社会情勢ネタが多いなあ、ということ。「21世 紀初頭は政治経済の不安により、国民の関心も社会情勢にむ いた云々」ということを後世の人たちからは言われることに なるのだろうか。
 そして何よりも、それぞれの作品にこめられた笑いを引き出 すための“ひとひねり・ふたひねり”の工夫には前回に続い て感心させられた。そういう作品を前に、ふと“笑い”につ いて考え込んでしまった。
 「笑いというのは他者に対する優越であり…云々」という言 葉をきいたことがある。けれども、あんまりその優越が前面 に出てしまっても見る側にとってしんどいことがある。また、 個人攻撃や卑猥さというのも同様にしんどい。もちろん、マ ンガ展で見た作品がとりたててそうだったということではな い。ただ、自分自身はそういう毒の強い言動が多いほうなの で、数々の作品を目の当たりにしながらあれこれと連想がは たらいてしまい、「これから自分は何で笑い、何で笑わせた らいいんだろう」と深刻になってしまった。特に自分が親し みのある古典芸能というのは冷静に考えると毒を含んだもの が多いように思えるし…。
 そんなわけで、逆に手放しに「おっ。こいつはいいな」と 思えたのは表題と中身の関係があまりはっきりしないような 類の作品だった。





  顔の見える宴…

 で、夜は夜で、盛岡に新しくできたPlayers Cafeへ遊び にいく。今回のパーティーは3rd Eye Clueという盛岡の DJ・ダンス集団が主催している。ゲストはフィラデルフィ アのDJ 、Rich Medina。
 23時すぎにいったら満員電車状態。300人ぐらい。このク ラブには初めて入ったが、盛岡のクラブにしては天井も高 く、床面積も広い。また、低温が割れずに大きな音が出る。 生ビールも飲める。しかし盛岡のDJたちはあまり慣れてい ないためか、音が出きっていない場面もしばしばあったし、 客もDJのあおりに応えて盛り上がってるという様子ではな かった。
 ダンスアクトは、ハウスありHipHopあり。人数も多く、 若手が確実に育っている印象をうける。客が見て喜ぶのは HipHopのようだった。
 Rich Medinaのプレイは…HipHop,R&B,ブレイクビーツ, ラテンのりのハウス…という流れで盛りだくさんだった。 大きいクラブになれているのだろうか、音の出し方も良かっ た。それ以上には特にどうということはなく、みんなで楽 しく踊れたという感じ。結局いちばん盛り上がったのはラ テンっぽいハウスだった。動じることのない盛岡らしさが 出て、良い感じのパーティーだったように思う。
そして、思い返してみると印象に残ったのは盛岡のラッ パーのARMARIOが披露した新曲「予定は未定」だった。詞の 流しかたもずいぶんと基本線をおさえた感じで目新しさはな いんだけれども、肩の力が抜けていて心地いい。しゃべって いる内容もちゃんと聴き取れる。盛岡の人たちはいい仕事し てるな、と思う。
 そういう盛岡の人たちがつくる踊り場として、よそから のゲストがある場合はともかく、普段使いのクラブはでかすぎ ないほうがいいのだろうな、とも感じた。ちかごろ民俗芸能 とか地域社会・食品流通などについてわたしが感じている “顔の見える程度の規模がいいんじゃないか”ということ をこういう場でも改めて感じてしまった。




2001年3月13日(火)
  学生ヒマなし

 今日も三本柳さんさの練習だったが都合がつかず、練習 会場への学生の送り迎えだけをする。学生というのは岩 手大学“ばっけ”の方々のこと。
 練習会場からの帰りに送っていく車中、いつもは騒が しい学生も今日は静かだった。それもそのはず、先週日 曜は盛岡での合同公演、来週日曜は「ザ・太鼓」、その 次の日曜は仙台で合同公演…と続くから。それが終わっ たら“新入生歓迎”と、まったく息をつくヒマがない。  「学生はヒマがある」という話をよく聞くが、どうも身 近にはヒマのない学生ばかりがいる。企業や家庭・地域 社会に拘束されている大人と相対的にみれば幾分は自由 度があるかもしれないが、学費高や就職難など、学生の 立場も厳しいものがある。そのような中で民俗芸能に取 り組んでいる学生さんにはまったく頭がさがる。こうい う学生たちにももっと芸能を地元に足を運んで見る機会 をもってもらえるといいとは思うが、それ以前に「ぼーっ とする時間」をあげたくなってしまう。多忙な折だが、 まずは楽しんで踊ってもらえるといいと思う。




2001年3月11日(日)
 夜祭り

 地方都市盛岡でも夜な夜なさまざまなクラブイベントが 催されている。16日には大通player’s cafeで、17日に はDJ BAR DAIで、フィラデルフィアのDJ Rich Medinaが プレイするという。今回の来日では渋谷Harlem以外では 盛岡でしか見られないというから、盛岡のクラブシーン も盛り上がってきているということか…。もちろんそれ は自然に手放しで起こっていることではない。場を盛り 上げるためにクラブのスタッフや常連客が主体的に気を 配っている様子が盛岡では色濃く見られる。
 民俗芸能サークルなどで“祝祭”“一体感を生む空間” といった点を追究されている若い方にも、参考までにク ラブ遊びはオススメしたい。




2001年3月10日(土)
 衣装を貸す

 今日も“ザ・太鼓”に向けた“三本柳さんさ”の練習 があったのだが、また出られなかった。私はザ・太鼓の 当日もでられないのだが、衣装は出演するF氏に貸すこと にしている。そこで、衣装を練習会場まで届けに行って すぐ帰宅。衣装を貸した者の責任として、当日までに着 付けについてはF氏にいろいろと伝えなければ、と思う。





2001年3月9日(金)
 レゲエの踊り

 今日はレゲエのパーティーにいってきた。このパー ティーは盛岡市映画館通りのBillie’sで毎月はじめ におこなわれていて、若手のクルー(DJ集団)が出る。 今回は“2001年レゲエの旅”というコテコテのタイトル。 加えてダンサーも出演するとのことで久々に足を運んだ。  23時ごろに入ると、思いほか派手に動くと人とぶつか る程度の込みよう。レゲエのパーティーは女の子率が 高いし男の子たちはターンテーブルの周りに固まって いるので、毎度のことながら身の置き場を選びかねて しまう。3つのクルーが交代で回していくという形で 淡々と進み、25時ごろにダンスアクト開始。実はレゲ エのダンスをまとまった形で見るのはこれが初めてな ので、出来がどうこうとかはわからない。“Fairly Hips” という女の子2人組のダンサーがくりひろげる数分間 のアクトをただただ呆然と眺めるしかなかった。
 レゲエダンスというものを知らない人の方が多いかと は思うが、「R&BやHipHopのプロモーションビデ オでクネクネ踊っている女性の踊り」を想像していた だけるといくぶんイメージがつかめるかもしれない。 ともあれ、こんなに直接的に色気を出しまくるものと は知らなかったので、驚いてしまった。
 クラブでは通常は客が踊り手としてフロアのまんなか にいるが、ダンスアクトやMCの際には、客はみんな 隅によってて真中をあける。そして、“観客”になる。 そして、ひとしきりゲストのショウが終わるとまたみ んな踊り手に戻る。民俗芸能でもこういった雰囲気を もっと感じられるとよいな、と思う。




2001年3月8日(木)
 日記をはじめる

 きのうから当サイト内に管理人室を設置した。当サ イトからもリンクしている「東北に神楽をたずねて」 というサイトでも管理人の思いをつづる場があり、こ れがなかなか面白い。そこでこのサイトにもつくって みようと思った次第。
 もちろんサイトの中心はスケジュール表形式のあの “芸能ごよみ”なのだが、そういったスケジュール以 外の民俗芸能に関する情報も載せたい。また、地方発 信を前提としているサイトなので管理人の姿もある程 度は見えたほうが安心かもしれない。…といったこと も考えて、載せてみることにした。
 まずは記憶が新しい3月4日から書いてみた。小学生の ころから日記に関しては三日坊主を厳守してきたクチ なので、今後も休みがちにはなるかと思う。それに文 字ばかりなのでみなさんにはあまり親切でないコーナー かも知れない…。などなど、さっそく弱気になってきた。



※なお、掲示板に管理人ばかり書き込むのも目障りかと 思うのでこのように別コーナーを設けていますが、感想・ ご意見などがありましたら掲示板なりメールなりでお寄 せください。





2001年3月6日(火)
 三本柳さんさの練習

 私が三本柳さんさ保存会に正式にはいって、気がつ くともう1年をすぎたことになる。昨年の2月に一般 公募で集まってきた“9期生”は、私も含めて10名弱。 3月18日におこなわれる都南太鼓と三本柳さんさの自 主公演「ザ・太鼓」は、9期生にとってはちょうど一 年の成果が問われる場だ。
 毎週火曜日に行われる練習も、ここ数ヶ月は「ザ・ 太鼓」にむけたものとなっている。私は「ザ・太鼓」 当日がどうしても外せない仕事にあたるため出演はで きないが、もちろん練習には参加している。とはいえ、 やはり公演に出るという緊張感が無意識のうちにうすれ ているのか、周りの9期生がどんどんうまくなっている のに自分の踊りにはあまり進歩がない。
 伝統的なさんさについては、分類上“盆踊り”であ るためか、その魅力をあらわす言葉として「踊り手の 気持ちよさ」や「単純さ」が強調されることが多いよ うに思う。が、三本柳さんさ踊り保存会では、ステッ プについての微妙なシンコペーションの修正や「背中 で踊る」といったことなど、さまざまな要素が踊り手 に要求される。これらいずれの要素も、とってつけた “シナ”や“舞台ばえ”のためのものではなく、伝統 に根ざした美のセンスが感じられるものだ。数あるさ んさ踊りの中には“自由参加型の盆おどりとしてのさ んさ踊り”のほうが多い。が、三本柳さんさについて はみせることを前提とした風流芸として古来から発達 した芸能の姿が息づいているように思う。
 …といった理屈はともかく、今日の練習でもやはり 「背中で踊る」がぜんぜんできなかった。周りの9期 生はどんどんそれができるようになってきて、「やら しくない色っぽさ」をかもすようになってきている。 悔しいかぎりだが、ぜひ「ザ・太鼓」でもそこに着目 してみていただきたい。私自身は芸に磨きをかけつつ、 本番に出られない身ながらも何らかの形でいい公演に なるようにかかわっていきたいものだ。





2001年3月4日(日)
 “びっきぃ”&“ばっけ”の公演

 宮城教育大学(仙台)の“びっきぃ”と岩手大学 (盛岡)の“ばっけ”という、民俗芸能にとりくんで いる2つの学生サークルが、今日、盛岡で合同公演 “まつりの輪”を ひらいた。私は“ばっけ”にはいろいろとお世話に なっているので、今回も公演のあいだはずっと楽屋に お邪魔させていただいた。
 舞台でおこなわれている公演を客席から見ることは できなかったので、個々の演目の出来や雰囲気につい てはあまりよくわからない。ただ、出演者が舞台に出 る直前まで動きのチェックをしたり発声練習をしたり する様は、とても真摯でいい感じに見えた。また、舞 台から引き上げてきた出演者の多くが「衣装とれちまっ たー」とか「間違えた〜」と言いつつも、疲弊した感 じは見られなかったのが印象に残っている。演じてい るがわにとって気持ちよい時間をつくれたようで、楽 屋に控えていたものとしても気分がよかった。  今回は県民会館中ホールという600人前後を収容する 大きな会場であっただけに、「閑散とした雰囲気になっ たらどうしよう」という心配を私はしていた。しかし、 実際の客の入りは」収容人数の3割前後もあったとい うし、華やかな雰囲気をつくれたようだ。25日にはひ きつづき仙台で合同公演をおこなうとのこと。演じ手 も観客もみんな楽しめる公演を仙台でも実現してほし いものだと思う。