8月の日記
8月の日記
♪管理人の日々のできごとや、考えたことを掲載します。
 芸能を実際に見てきての報告も、たまには載せます。



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2001年8月26日(日)
  さんさ講習会2(後)
 2日目は場所を永井のキャラホールに移して の練習。まずは保存会のみんなで衣装をつけ て踊ってみせることとする。今回は“歩み”と “三・四・五拍子”・“引きは”・“礼踊り” といった、基本的なところを披露する。こう いう構成は久々だ。
 ひと踊りして衣装をとき、太鼓・笛・踊りの 3コースに分かれて練習。私は踊りグループに 入る。しかし、朝一で衣装をつけて踊ってしま うと、もうさっぱり力が入らない。受講者の皆 様、あまり丁寧におこたえできなくてごめんなさい。
 とはいえ、この2日間で受講者の皆さんの踊り は見違えるほどの変化をとげた。あとは、今 回の講習会で得たモノを受講前の踊りと混ざら ないように維持できれば良いのかな。受講 前に覚えていた型がしっかりしているだけに、 そうとう力がいることだろうけど…(受講前の型 も、それはそれで私はとても好き)。そして何 よりも自分をタナにあげて言うようだが、これ からも楽しく踊っていただけるといいな、と思 う。


2001年8月25日(土)
  さんさ講習会2(前)
 今日と明日は三本柳さんさ踊りの講習会。8 月上旬にやった講習会は全国各地にある「太 鼓センター」のみなさんを対象としたもので、 今回は東京の荒馬座の方々を対象としたもの。 荒馬座といってもみんな座員の方々というわ けではなく、荒馬座に集まって踊ってらっし ゃる方々の集まり。他の地方の太鼓や踊りも やってらっしゃるとのこと。
 昼すぎに三本柳の体育館“ふれあいランド” に集合。受講者のみなさんは30人以上もいら していて、思いのほか多いのに驚く。教えるが わは10人ぐらい。
 まずは受講者のみなさんに踊りを見せても らう。以前に何回か岩手民舞研の先生に教わっ ていただけあって、みなさんよくそろってい る。また、ちゃんと岩手民舞研の踊り方になっ ているのも面白いところ。今の保存会の踊り 方とはいくぶん違うので、教わりなおすみな さんは大変だと思うが…。
 そういったこともあって、まずは基本とな る“三拍子”からつぶさに動きをなおしてい くこととなる。動きが激しいので「5分踊って は10分休む…」といった感じだが、だんだん に踊りが保存会の形になってくる。30代前後 のわりと若い人も多いためか、よく食いつい てついてくる。細かく教えるので、私たち自 身も動きの再確認になる。「そこはそーじゃ なくてこうやってください」と踊ってみせよ うとして、自分自身いまいちできていない箇 所がいくつかあったのは冷汗モンだったけど。



2001年8月24日(金)
  夏季限定。
 劇団ゼミナールのゼミナールコントinアトリエ Vol.5「夏季限定。」を見に行く。この劇団の舞 台を見るのは初めて。前から気にはなっていたの だが、8月3日に盛岡市大通りのクラブ“Player's Cafe” でおこなわれたcinebossaというイベント でスタッフをしていた劇団の方からお誘いされ て、見に行こうということになった。
 この公演は8月18日〜25日の毎晩20:00〜、盛岡 市本町通3丁目のアトリエ(以前、福田パンのロン ドンという店だったところにできたBIKE CAFEとい う店のもう少し税務署より)で開かれている。
 公演後半になるとかなり混むとのはなしだったが、 その話のとおり、小さな劇場は立ち見も出るほど の盛況ぶり。会場の温度・広さという点ではちょっ とたいへんだが、1時間半前後の公演時間が短く感 じられた。
 内容は“夏”にまつわる短いコントをオムニバス 風につづったもの。観客も笑いに来ている方々がほ とんどらしく、役者も観客もひとつの雰囲気に向っ て笑いつきすすんでいく感じがして心地よかった。 盛岡に来てから、演劇関係者以外の方に演劇について の感想をきくと、たいていは「わかりにくかった・ むずかしかった」か「笑えておもろかった」とい う2パターンの感想をきくことが多い。「演劇見るな ら、笑えるのがいいな」という話もよくきく。そう いう意味では、「周りの人たちにはまずゼミナールの 演劇をおすすめするのがいいな」と感じさせられた 舞台だった。
 とりわけ印象に残っているのは、雷雨のなかで長 距離バスにサラリーマンが乗り込んでくる場面。本 当に雨にじっとり濡れた感じがして、その後に続く 場面でも腹の底から笑えた。

※「夏季限定。」は残すところ25日の千秋楽のみ。
 30分前から整理券の配布、15分前から入場なの
 で、早めの入場がおすすめとのこと。会場はと
 ても暑いので厚着厳禁。
※劇団ゼミナールの次回公演は
   「最善の努力」
  2001年9月30日(日)16:00〜(17:30開場)
  盛岡劇場 メインホールにて



2001年8月18日(土)
  なにゃどやら
 「8月18日 18:00〜階上駅前にて盆踊り大会 なにゃどやら他 ゲスト:種市町平内さんさ」
というものに今晩は行くはずだった。が、同行 する相手が「やっぱし大野のナニャドヤラ大会 がいい」と言い出したので大野に変更。北限の さんさ踊りであろう“平内さんさ”も見たかっ たのだが。
 18:00ごろ、大野市街地に入る。小学校の校庭 ではすでに各団体によるナニャドヤラの舞台審査 が始まっている。25団体の出演のうち、ちょうど 半分あたり。大野・種市・久慈・二戸・一戸・八 戸・階上・軽米、それに盛岡の同好会も加わって、 様々な種類のものが演じられている。基本的には 太鼓と唄だけで踊るものだが、三味線をいれるな ど民謡っぽくアレンジされているものもある。ま た、鹿角地方の盆踊りのように、二戸周辺では太 鼓を片面うちするらしい。
 唄にも何種類かあるらしい。一団体の中にもたい ていは何種類か唄があり、それぞれに別々の踊り がついているようだ。唄の中身は7・7・7・5の都 都逸でクドキ文句を織り込んだものが多い。場の 雰囲気をフリースタイルっぽくもりこんで会場を 爆笑させるものもある。なまりはあるものの、マ イクを通しているからどの団体もそれなりに歌詞 は聴き取れる。踊りは様々あるが、共通点もそれ なりに見出せる。老若男女の踊り手が混じってい るが、いずれの団体もオヤジの踊りはなかなか良 い。年をとるのが怖くなくなる。
 しかし駒踊りフェスティバル といいナニャドヤラ大会といい、大野村の企画は なぜにこう、同系統のものをがっつり集めるのだ ろうか。いくらなんでもこんだけ同じようなもの を見つづけるのはちょっと…。と思いきや、今回 も駒踊りフェスティバルと同様、結局は飽きるこ となく最後まで見てしまった。やっぱり民俗芸能 というのはひとつひとつ似ているようで微妙に違っ ており、その差がまた楽しいのだろう(個人的に は“さんさ”を連続してみるのは辛いのだが)。
 審査の結果、最優秀賞は二戸市ナニャドヤラ保 存会。太鼓の若者が元気よかったところだ。いま いち審査の基準はわからないが。
 そして、20:30から交流盆踊り。会場には少なく とも1000人以上の客・出演者がいるので、これは 大盛り上がり大会か?と期待していたのだが、表 彰の最中からどんどんみんな帰っていく。そして、 校庭の隅のほうの露店の前にしか人がいなくなる。 そこでおもむろに数人の太鼓の囃し手が校庭の中 央で踊りはじめる。「みなさんもどうぞ一緒に踊っ てください」とアナウンスが流れる。しかし囃し 手ばっかりで踊り手がいないんじゃあ、真似もし ようがないぞ。ようやく、いかにも実行委員風の 数人のオヤジが踊りだす。私と同行した相方も、 思い切って加わる。難しい。さっぱりわからない。 真似できない。というのも、人によって踊り方に かなり違いがあるから。しかし慣れてくると、足 を蹴上げる感じの浮遊感がかなり楽しい。人も増 えてきて、どうにか50人ぐらいの輪になる。楽しく なりかけたところで、別の唄・踊りに変わる。こ んどの踊りはますます難しい。何が難しいのかよく わからない難しさ。結局、まっとうに踊れないま ま、合計20分ぐらいで「どうもご苦労さまでし た〜」とアナウンスが流れて終わり。すっごく踊 り足りない。またどっかにナニャドヤラを踊りに いきたくなる。案外、こうやってお預けをくらわ すのが「ナニャドヤラー」を増やすための大野村 の作戦かもしれない。それにしてもヤマセの影響 で10度という気温は寒すぎだ。


2001年8月17日(金)
  吉里吉里のおまつり
 宵宮につづき、今日が例大祭。
 チェックアウトの際に「民宿ひら○」のお かみさんに「うちの子も神楽やってるんです よ」との話をきく。台所に飾ってある写真に、 鳥兜をかぶった少年の写真が写っている。「こ れは3歳のとき」とのこと。ひ○の家おそるべ し。
 8時に天照御祖神社へ。8時半ごろから、お神輿 の準備と神事が始まる。ずいぶん長い神事で、そ の間、お神輿の担ぎ手は外で整列してまっている。
 まばらだった見物人も徐々に増え出し、鹿子踊 りのみなさんもやってくる。神事がおわり、鹿子 踊りがひと踊りしたあと、お神輿の出発。お神輿 と各芸能が列をなしてずーっと街を練り歩いてい く。芸能は移動しながらも演じられるほか、各“お 旅所”で一団体ずつが演じる。沿道の家は塩と米を 盛った皿と燭台を出して、巡幸を待っている。行列 の方々のために飲み物も用意している。お神輿も、 細い辻まできちんとはいっていく。最初に神社から 出て行くときにはさんざんあっち行きこっち行きし てようやく石段を降りていったので“ずいぶんきか ない神様だなあ”と思ったが、そうではなくてマメ な神様なのだと気づかされる。
 お昼どきには行列の休憩時間がある。盛岡から 見に来た人たち一行で、鹿子踊りの田中さん宅でお 昼をごちそうになる。いろいろお話も伺おうかと思っ たのだが、煮しめや刺身や餡餅を食うのに夢中になっ てしまった。ごちそうさまでした。
 午後も行列に着いて歩くが、予定があったので残 念ながら15時ごろに吉里吉里をあとにする。最後に 神様が神社に戻るところが良いとはきいていたのだが…。
 このお祭りを通して思ったのは、子供たちがお祭 りを楽しんでいるな、ということ。祭りで子供が楽 しいのは当たり前のようだが、案外そうなっていない ことも多いらしいだけに印象的だった。また、子供 が楽しいことはやはり大人も楽しいのだろう。自分 も行列にくっついて歩きながら、「小さいころに山車 を引っ張ってあるいていて見知らぬ街にいってしまっ てすごく心細かったりヒョットコの面がぶきみだった りしながらも、それでもやっぱり山車を引きにいっ たりしたなあ」などと思い出しながら、とても楽し い時間をすごさせてもらった。


2001年8月16日(木)
  吉里吉里の宵宮
  吉里吉里のお祭りへ1泊2日で。
  14時半頃に吉里吉里に到着。しばらく街を 歩いてみる。何軒かの家で臼と杵で餅をつい ている姿を目にする。
 15時すぎ、鹿 子踊りが控所(?)の前でひと踊り。幕踊り 系の鹿踊りで、小学生の子供達から10代半ば ぐらいの若者までを中心とした数十名の舞手 が激しく舞う。笛の音も激しく高低する。そ して女鹿をめぐって2頭の鹿が競り合うとこ ろでは、見ていて心配になるほど砂をまきあ げてぶつかりあっている。太刀をもった女の 子の動きも攻撃的で新鮮だ。こちらの鹿子踊 りは以前にも違った場所で見たことがあるが、 改めてこんなに鮮烈な印象を受けるものとは 思ってもいなかった。やはり鹿子踊りは屋外 で演じてこその芸能なのだろうか。
 その後、鹿子踊りについて吉祥寺へ。本堂 の前の広場で一踊りする。踊りの合間に、本 堂に向って囃し方が長い唄を称する。ここで 演じたのは“念仏入端”といって唄に特徴が あるらしいが、あまり違いはわからなかった。 私はいまだに鹿踊り系の芸能の唄をききとる ことができないのだが、もう少し勉強してこ れをあるていど聴き取れるようになれば、もっ と楽しめるのだろうと思う。
 浪板にとった宿「民宿○らの」で食事をとっ たあと、19時に天照御祖神社へ。吉里吉里鹿 子踊り,浪板大神楽,吉里吉里大神楽,吉里 吉里虎舞の順に奉納していく。ヨソ者らしき 人はあまり見に来ていないようだが、数百名 の観客がぎっしり境内に集まって人垣ができ る。子供もたくさん見にきている。
 いずれの芸能も、それぞれの形で“おめで たい感じ”を高いテンションで出している。 考えてみるといずれも、鹿子,獅子,虎といっ た動物を模したものだ。いずれも「人が入っ ていて、その人の芸がどうこう」といった感 じじゃなく、その生き物そのものとして脳ミ ソに入ってくる。間違いなくお祭りだな、と 思う。


2001年8月13日(月)
  電車で盛岡に戻り、チャリをとりに車で八戸へ
 なんだかひどくムダなことをしているようだが…。 改めて車で八戸へ行く途中で、随所随所の“道の駅” や直売所に寄る。三戸・南郷近辺になると、“マウリ” をよくみかける。“マクワウリ”という、わりと馴 染みがある表示でも同じモノがならんでいるが、この 地域では“マウリ”が一般的な名称のようだ。形もキ ンカ型とカボチャ型とがある。
 それから、一戸市外地ではもう山車が外に出ていた。 提灯つきの笹も商店街にずーっと飾られていて、すっか りお祭りモードだ。


2001年8月12日(日)
  小本さんさ
 盛岡市内で月1回ペースで開かれている中野七頭舞 を教わる集まりの日。今回はなりゆきで、岩泉町小本 出身の、いつも中野七頭舞を教えてくださる先生に “小本さんさ”という芸能を習うこととなる。
 “さんさ”というと盛岡周辺のモノが頭に浮かぶ方 が多いかもしれないが、小本さんさはそれとはずいぶ ん違う。太鼓と唄にのせて踊るが、太鼓を打つ人は踊 らない。そして、なんと言ってもステップが軽い。軽 いというのは、着地した足が長い時間とどまらずにす ぐに上がるということで…
 …という理屈はともかく、おもろい。ぜひ本場に踊 りに行きたいぞ。と思いきや、“小本さんさ”は輪踊 り型の自由参加の芸能ではなく、門付け芸とのことだ。 もう少し沿岸のさんさについても情報を集めねば。


  チャリで八戸へ行く
 16時ごろに盛岡を出発。24:00ごろに三戸で八戸の目 的地の相手から携帯に電話が入る。「あほーっ。これ から迎えに行くからそこから動くな!」とのことで、不 本意ながらリタイヤ。しんどいしんどい。


2001年8月10日(金)
  キンカ
 キンカという果物がある。たしか金瓜と書くはず。 盛岡周辺で栽培されているウリの一種。ウリといっ ても、プリンスメロンを細長くして、スイカのよう に縞模様をいれたような感じ。味はプリンスメロン に似ているけどもうちょい甘味が薄い。そして、香 りがいい。とてもいい。
 で、そのキンカを買いに本町の果物屋“吉栄”へ 行く。以下は吉栄のおやじさんの話。
「あ〜、キンカはまだだな。明日かあさって入る。 毎年この時期にお盆のお供え用に出してる。前は夏 のあいだずっと出てたけどね。今はつくっていると ころが何軒かしかないから。長岡とか乙部のほうで。 今はほれ、他においしいもんいっぱいあるから。う ん、でも香りはいいよな」
 キンカは盛岡市内の市(イチ)でも見かけること があるが、スーパーなどではみかけない。こういう ときこそ地域の果物屋や八百屋の魅力が際立つ。
 盛岡周辺には在来種の茶豆(枝豆)もある。こち らはまだお目にかかったことがないが、こういった “地元に昔から伝わる作物”はもっと大事にしたい ものだ。っていうか、キンカはうまいんだからもっ と出回るようになってくれ。


  盛岡市内のコインランドリーが相撲取りで満員御礼
 巡業中らしい。ご苦労様です。


2001年8月8日(水)
  ご来場感謝
 というわけで、みちのく芸能まつりで三本柳 さんさを踊ってきた。結果として私自身の踊り は「体力が持たない」「衣装に慣れず、バラン スが崩れる」といったことによって、普段の練 習でやっていることの半分も出せなかった。輪 踊りの輪の形や礼踊りの列を乱してしまうなど、 全体との調和もいまいちだった。ただ、組み踊 りの相手を比較的じっくり見ながら踊れた点は 気分が良かった。
 今回は周りのお客さんに本当に支えられた。 盛岡出身らしき高齢の女性方や、4日〜6日の 講習会に参加された方々が声をかけてくれたこ と。若い観客のみなさんが楽しそうな顔で見て くれたこと。そういう皆さんがいなかったら倒 れていたかもしれない。今回は3回の出演のう ち、夜に演じた2回がカラダ的にはつらかった。 いずれも、後半に呼吸が苦しくなり、わき腹が 激しく痛んだ。立っていることがつらかった。 そんな中で最後まで踊りきれたのはお客さんのお かげ。
 私は正直言って、特定の民俗芸能にヨソ者が おっかけとして付いてまわったり、ましてや声 をかけることについて、以前はあまり良い印象 をもっていなかった。これは自戒の意味もこめ てだったが、演じるがわになってみると、これ らの方々にホントに助けられる。良いか悪いか じゃなく、支えられていることは間違いない (そうではないケースもあるかもしれないし、 あまり一概にどうこうは言えないものなのだろ う)。
 「演じる側⇔観客」という関係があるときに、 やはり演じる側というのは孤独で怖くなる。演 じる側どうしはもちろんコミュニケーションが とれているから、「自分個人が」ということで はなく、「自分達がその場のお客さんに対して 孤独」と言う感じ。疎外感といったほうがいい のかな。礼踊りで飛び出していく瞬間、自分の 場合は一緒に飛び出していく相棒と囃子の音に すがりついている。そんな中では、カラダ的な 苦痛に対して演じる者自身がすごくもろくなっ ている。
 そんなわけで、ご来場いただいた皆様、あり がとうございました(桟敷席の皆様の“おれた ち酔ってまーす”系の反応にはちょっと驚いて しまったが…)。
 今回の三本柳さんさをご覧いただいて興味を 持たれたかた、あるいはそうでもない方にも、 平野神社例祭宵宮での三本柳さんさの奉納はお すすめ。9月3日(月)18:00すぎ〜、盛岡市三 本柳の平野神社境内にて。“連中形式の芸能と しての三本柳さんさ”と“自由参加型の盆踊り としての三本柳さんさ”の両方を最もよく見ら れる機会なのでぜひ!!



2001年8月7日(火)
  公演前日
 ちかごろ芸能ごよみもめっきり更新していなかっ た。おととい、神山社のネタも入手したので掲載しよ うと思ったのだが、手が回らず、終了後に掲載に。
 部屋も散らかり放題だし、暑中見舞いも書かずじ まいだし、仕事はたまってくるし、野菜はカビるし…。
 そうこうしているうちに明日は“みちのく芸能まつ り”に出演。ホントは体力をつけて万全の体制で臨み たかったのだが…。というのは、いま現在の自分自身 にとって三本柳さんさを踊る上でもっとも大きな課題は “体力を維持して全力で踊りきること”。「とりあえずの イメージ(理想形)が全然見えてこない」という八方ふさ がりの状態が続きつつも、なんとか「基本に忠実に踊る こと」と「日々のイメージトレーニング」をこの2ヶ月ぐらい は徹底させてきたつもりだ。その結果、多少は次に目 指すものが見えてきてはいるのだが、それをささえるた めの体力が無さすぎ。
 などと愚痴を言っていても仕方がない。とりあえず明 日はどう踊るか…?芸能まつりはたくさんの人が来る。 客層にもある種の傾向があるように思う。そこで何より も高く評価されるのは「勇壮さ」や「華麗さ」であるように 思える。そこで、昨年は私もずいぶんと派出な踊りをし てしまった。もちろん、さんさのような民俗芸能はその場 の雰囲気もとらえて芸に反映させていくものだろう。し かし昨年のような展開はやっぱり不本意だ。私は三本 柳さんさとしての三本柳さんさを、観客の皆さんにも伝え たい。曲りなりに2年も踊ってきた者としての責任…とい うか、これで「勇壮ですばらしいですねえ」といった感想 は勘弁だ、という思いがある。
 念仏系の盆踊りを起源とし、剣舞や神楽、鹿踊り、甚句 など多種多様な芸を吸収して発展してきたのがこの三本 柳さんさだ(と私は考えている)。その由来を踊りを通して も納得してもらえるような踊りをしたい。
 そういったことは一人でどうこうできるものではない。そ うだ、昨年は結局、一人で踊ってた。なんのための輪踊り なのか。同じ輪をつくっている人たちと本当に輪をつくれて いたのか。また、なんのための組踊りか。私は組踊りをホ ントに組んで踊れていたのだろうか?礼踊りは?誰に礼を していたのか?・・・そうだ、今年は誰に、何に対して礼をす るか?観客の皆さん、いっしょに踊っている保存会のひとた ち、他の芸能団体の皆さんにも。三本柳の地元のみなさん、 平野神社の神様。それから、諏訪神社の神様。高校生の ころから、芸能祭りは結局は私にとって諏訪神社のお祭り だったもんなあ(※例祭は別にあります)。それから、先人 への礼でもあるんだろうな。民俗芸能は生き物で刻々と変 化するものではあるけれども、その中でも変わらない部分 というのがあるわけで、そこを通して今を生きるうちらは先 人に出会っているわけなんだな。その先人に礼。
 なんてことをぐだぐだ考えていても、本番はもう間近。 まあ、小手先の技術はさておき、みんなで楽しく踊ろう。




2001年8月5日(日)
  三本柳さんさ講習会
 仕事(きょうは会議)を終え、15時すぎに矢巾町 の田園ホールへ。8月4日〜6日の日程で開かれてい る、太鼓センター主催の三本柳さんさ踊りの講習会だ。
 私は仕事の都合で、今日の夕方の数時間しか講習 会に参加できない。しかし受講者のみなさんは3日間 踊りづめ。教わる皆さん、また長時間教える保存会の 皆さん、ご苦労さまです。
 私は保存会員とはいえ、まだ2年目。中級コースの モデルをすることになる。日程も後半のほうなので、 練習内容もひたすら踊りこみになっており、私たち数 名の保存会員の小さい輪を講習者の大きい輪で囲む形で 踊る。みなさん中級とはいえ、ふだんから踊りこんで いるわけではないらしい。平均年齢も私よりはずっと 高い。が、よく動きについてきている。
 私たち保存会員と明らかに違うのは、私たちが何気 なくこなしている「手をおろす動きがすこし遅れてシ ンコペーションしていく」という部分を受講者の皆さ んはあまり取り入れていないこと。短い時間だったが、 受講者のみなさんの踊りをとおしてそういった発見が いろいろとあった。
 夜は平野神社境内で交流会。野菜のコンテナに板を おいてテーブルをつくり、みんなで飲み食い。太鼓も 用意して、受講者のみなさんにも芸を披露していただ く。太鼓センターからの受講者だけあって、神着木遣 太鼓(三宅島)や水口囃子、うすずみ太鼓などの太鼓 演目が続く。また、はねこ踊りなども披露される。今 回の講習会・交流会を通して協力をしてもらっている 都南太鼓にも太鼓を披露してもらう。実は都南太鼓を じっくり見るのは初めてなのだが、鋲止めの大太鼓数 台を打ち込んでいくシンプルな構成がとてもよい感じ を出していた。
 そして、受講者も保存会員も一緒になって三本柳さ んさを踊る。昨年のこの平野神社の例祭以来、神社で踊 る機会はなかったのだが、拝殿に向かって礼踊りをす るというのはやはり良いものだ。こういった雰囲気を 受講者のみなさんが持ち帰っていただけるといいな、 と思う。また、都合のつくかたにはぜひ平野神社の例 祭にも足を運んでいただきたいものだ。もちろん、私 たちもそれまでにさらに磨きをかけなければ…。









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